企業価値評価・DD

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キャッシュアウトにおける買収価格と公正な価格

2017年7月号 273号
キャッシュアウトにおける買収価格と公正な価格 有料記事です

 吉村 一男(一橋大学大学院国際企業戦略研究科)
1.はじめに   上場株式のM&Aにおいて、買収者と買収対象会社の経営者は、株主への説明責任を果たすため、株式価値の評価を専門家に委託するケースが多い。当該評価は、インカム・アプローチであるDCF法やマーケット・アプローチである類似上場会社比較法や類似取引比較法等の様々な方法で、かつ、一定のレンジで行われるが、買収者はより「低い価格」で買収したいため、株式価値のレンジを引き下げるインセンティブがある。一方、経営者は買収者から提案された価格をより「高い価格」にしたいため、株式価値のレンジを引き上げるインセンティブがある。そして、買収者と経営者が交渉し、合意したものが「買収価格」である。これがM&Aの価格は「一物多価」といわれる所以である。しかし例えば、経営者による買収(MBO)や支配株主による買収では、買収者と経営者の利益が一致し、株主と経営者の利益が相反するため、経営者が株式価値のレンジを引き上げるインセンティブを削がれ、買収価格が低くなることも考えられる。そこで法は、買収対象会社の株主に買収価格を裁判で争う手段を用意し、裁判所は「株主に換金もしくは補償する価格(公正な価格)」を決定する。特に、現金を対価とする買収(キャッシュアウト)では、買収者が株主から強制的に株式を取得するため、締め出された株主を保護する必要性が高い。このような公正な価格の決定制度もしくは類似する制度はわが国のみならず、アメリカ、ドイツ、フランス、イタリアにも存在する(注1)。 2.JCOM事件最高裁決定   わが国では2016年7月、注目すべき決定が公表された。ジュピターテレコム(JCOM)事件の最高裁決定(最決平成28年7月1日民集70巻6号1445頁)である。この事件は、議決権の70%以上をもつ支配株主であるKDDIと住友商事がJCOM株式を公開買付け(TOB)した後に全部取得条項付種類株式を用いてキャッシュアウトしたケースであるが、最高裁は、以下の場合には、特段の事情がない限り、公正な価格を買収価格であるTOB価格と同額とするのが相当であると判示した。   すなわち、経営者や支配株主が行う「手続」の公正性が認定できる場合には、買収価格を尊重し、独自の立場から公正な価格を決定することを控える姿勢を打ち出した(このような考え方を「Merger Price(MP)ルール」という)。   M&Aにおいて買収対象会社の株主が多用する救済方法は、経営者や支配株主の忠実義務違反に基づく損害賠償請求(①)と公正な価格の決定請求(②)に大別されるところ、①は違法・不当な行為をした者が損害を賠償する仕組みであるため、かかる行為の「手続」を、②はかかる行為をした者が株式を買い取るという仕組みではなく、会社が株式を買い取る仕組みであるため(注2)、株主に換金もしくは補償する「価格」を、それぞれ規律する必要性が高いが、わが国は、会社法に支配株主の忠実義務が直接規定されておらず、また、経営者の忠実義務違反を追及することも困難であるため、②が多用されている。そして、裁判所の審査基準については、有力な学説として「②は①の理論の中に位置づけて理解されるべき」との見解が提唱されて以降(注3)、①を②で実現する、すなわち、忠実義務の解釈論を公正な価格の解釈論に応用するのが通説的な考え方になっていたが(注4)、最高裁はこれを踏襲したといえる。   なお、JCOM事件決定の考え方は、MBOや買収者と会社との間に特別の資本関係がある組織再編にも適用されると解されている(注5)。

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