M&A専門誌マール

2017年8月号 274号 : ポストM&A戦略

第104回 買収先経営者の成長志向と付き合い方の設計(下) 有料記事です

 竹田 年朗(マーサー ジャパン グローバルM&Aコンサルティング パートナー)

  買収先経営者個人と買い手、あるいは買収先企業の関係は、常時、どちらの側からも見直す余地がある。この中で、買い手から見た経営者の適材適所、および適材経営者のリテンションがどのように設計できるのかが問題である。前回は、組織的に確立した大企業を買収した場合について、経営者市場の原理などを参照して説明した。
  今回はもう一つのパターン、すなわち創業者が創業者として機能している企業を買収した場合について説明したい。

企業の発展ステージと創業者の役割の推移

  株主と経営トップの2つの役割を兼務し、新しい事業とその実施主体となる組織を立ち上げるのが創業者である。もっとも、新しい事業と言っても、1) これまで世の中になかった製品やサービスを創出するケース、つまり画期的な科学的発明やビジネスモデルの着想によるものは少なく、むしろ実は、2) 世の中に既に存在するものを応用・編集しなおして新たな顧客価値を創出し、新たな製品やサービスに仕立て上げるケースが大半だろう。理由は簡単で、「完全な無から何かを創出する」のは、思いつくのも実現するのも大変だからである。ただし、応用・編集の腕が良くなければ、2) の場合でも事業は成功しない。さらに、3) 新規性は全く問わず、誰かが創出して成功している製品やサービスの模倣を迅速に行って、市場に残されたチャンスを自分のところに確実に取り込むことこそが重要な場合もある。こちらに求められるのは、スピード感のある立ち上げ・展開の腕前である。
  この3つの類型を踏まえ、これらを包括するように事業と企業の発展ステージをまとめたのが図1である。上記1) のケースは図の0-1段階(0から1を生む創生期)からスタートして、1-10段階(事業の原型を確立して1から10に引き上げる創業期)、さらに10-100段階(10から100へスケールアップする成長期)へと発展する企業、2) のケースは1-10段階からスタートして10-100段階へと発展する企業、3) のケースは10-100段階からスタートした企業、と読み替えていただきたい。

(図1)事業と企業の発展ステージ

  もっとも、3) はこの手のことを得意とする起業家が企業を立ち上げる(創業する)場合もあるだろうが、むしろ大企業がその持てるリソースを総動員して事業部を一気に立ち上げ、創業する場合が本筋であろう。逆に、0-1段階または1-10段階からスタートした創業者は、事業を伸ばしていく限りはいずれ次の段階の壁に突き当たり、自ら壁を突破するか、成長の踊り場に入るかに別れることになる。この点については、本稿後段でさらに述べる。
  なお、0-1段階からスタートした創業者その人が、その後の段階においても事業を牽引し続け、成長を成し遂げる例は確かにある。しかし、各段階で経営トップに求められるものが異なる以上、企業の発展ステージに合わせて創業者が自己変革し続けるよりも、適材適所の原則に従って経営トップが交代していくほうが、多くのケースで本筋である。

創業者はなぜ事業を売却するのか

  優れた事業のタネは、成功の可能性が高いものに絞ると、そう簡単には見出せない。それなのに、一部の創業者が、せっかくここまで成功し、しかもまだ伸びしろのある事業を売却しようというのはなぜか。理由はケース・バイ・ケースであり、かつ本当のことはわからない、とお断りしたうえで、筆者の経験してきたことを踏まえて、以下に整理を試みる。
  まず、事業が成長するにつれて、成長の限界が顕在化し、創業者にとって新たな課題として表出するのが深刻な現実である。図1に戻ると、例えば、0-1段階から1-10段階に進むと、創業者が自分ですべてのことができない以上、「必要な専門性を備えた人材や、自分の一部の機能を代行してより上手にやってくれる人材を採用し、部下として働いてもらう」「社外のステークホルダーと交渉するなどして、事業が事業として回り始め、かつ競争力を持つために必要な基盤や条件を揃える」「資金をはじめとして、事業の成長を支え、加速するための経営資源を安定的に調達する」といった課題に、次々と対処する必要が出てくる。これはなかなかに大変で面倒なことであり、しかもそう簡単にうまくいかない。

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