M&A専門誌マール

2017年12月号 278号 : M&Aストーリー

新興市場M&Aの現実と成功戦略 第32回 『新体制への移行』 有料記事です

 神山 友佑(デロイト トーマツ コンサルティング パートナー)

【登場人物】(前回までのあらすじ)

  三芝電器産業の朝倉俊造はインドへの赴任を命じられた。1年半ほど前に買収したインドの照明・配線器具メーカー(Reddy Electricals)への出向である。
  インド固有の課題に悩まされ、そして創業家側の旧経営陣との軋轢を生みながらも、朝倉の先輩である日本人出向者達は、生産革新や流通改革に矢継ぎ早に取り組んでいった。
  朝倉の赴任も数カ月を過ぎた頃、インド全国への視察を終えた営業管理担当の小里陽一が本社に戻ってきた。そして小里のサポートを命じられた朝倉に対し、「代理店制度の廃止に加えて、抜本的な営業改革を断行したい」と言い放ち、朝倉にボード・ミーティング向けの企画書を作成させた。
  苦労しながらも何とか企画書の承認を勝ち得た朝倉は、すぐに改革を走らせようとする。しかし三芝電器には直営営業所の営業ノウハウが存在しない。本社からのサポートを得られなかった朝倉は、新入社員当時に実習で派遣された故郷の諫早電器店に電話した。そして10年以上前に研修で世話になった店主から、県内で優秀系列店として有名だった佐世保電器店の岩崎を紹介された。岩崎は腹心の古賀を連れてムンバイの地に降り立った。そしてレッディ社の直営店舗に対する、岩崎と古賀からの非公式な教育が開始された。
  そんなある日、本社に戻った朝倉は営業担当取締役である小里に声をかけられ、目下の営業改革について議論が始まった。議論は狩井宅での恒例の合宿議論に持ち越され、最終的に本社から投資を呼び込む手段としてコモンウェルス・ゲームズが活用されることになった。全員が一丸となり本社や関係会社との折衝に取り組んでいる中で、今度は製造管理担当の伊達から狩井に納入部品に関する問題提起がなされた。
  日本では考えられないようなトラブルに日々見舞われていたが、狩井はじめ日本人駐在員は徐々にインドでのビジネスの手ごたえをつかみつつあった。そしていよいよ、一度頓挫した取り組みを再始動させようとしていた。



熱を途切れさせないということ

  狩井自らが企画しリーダーを務める「経営理念策定タスクフォース」は、キックオフから1カ月が経とうとしていた。狩井の宣言通り、毎週木曜日に全役員・全本部長・全部長が集められ、毎回時間を超過するほど熱を帯びた議論が繰り広げられていた。
  業務上のやむを得ない都合もあり欠席者が出ることはあったが、それでもテレビ会議や電話会議で繋ぐなどして、何とかほぼ全員が会議に参加した。常に現場が優先され、社内会議はどちらかというと劣後されてきたこれまでのレッディ社には考えられないことだ。これは新しく参画したヘッドハンティング組の影響もある。しかし何よりも社長である狩井自身が、予め決められた毎週木曜の討議時間枠を完全にブロックし、その時間内は日本本社との重要な会議さえも欠席するばかりか、重要な顧客との面談要請も断るという姿勢を見せたということが大きい。
  3カ月間で経営理念を完成させ、社内外に発表する。もちろん時間的なタイトさもあるが、それにも増して「議論の熱を途絶えさせない」ということを狩井は重要視していた。会議を休会させることなく、自分自身が率先して引っ張り続けるというのもその考えの表れだ。
  また経営理念の検討というのは、ややもするとフワッとした議論に陥りかねない。そのことを見越し、定量データをふんだんに盛り込んだPre-Read資料を配布し、論理的な議論を促したというのも狩井の仕掛けであった。新参のヘッドハンティング組が、レッディ社の生え抜き組とできる限り同じ情報量を持ち、そして外の新鮮な目線からシンプルかつ本質的な質問を繰り出していく。生え抜き側からすれば、中には「何をいまさら……」という類の質問もあるが、その回答を丁寧に考えていくなかで思考停止に陥っていた盲点に気が付くことも少なくない。そうすると議論は自然と熱をおびてくる。狩井の軽妙なファシリテーション力も相まって、毎回の討議は険悪になることもなく建設的に進んでいった。
  そして狩井は、会議終了時に毎回全員に宿題を出した。その場の議論の盛り上がりだけではなく、そこで得た気づきや熱量を次回討議まで持続させたかったからだ。1人で考えさせるものあったが、2つに分けたグループそれぞれに事前討議を求めるものもあった。日々の業務時間の合間を縫っての準備は大変ではあったが、討議の場で全員にぶつけるという楽しみもあり、ほぼ全員が率先して取り組んだ。

PMIにおける新体制移行の工夫

  10月1日の新体制への移行後、レッディ社内では経営理念策定タスクフォースだけではなく、他にも大きな取り組みが開始されていた。狩井が臨時の総合朝会で宣言した、「6カ月後の新ブランド・ロゴの発表」と「1年以内の新たなフラッグシップ商品の展開」に関するものだ。当然ながら、どちらともすぐに検討着手しなければ間に合わない。
  直ちに検討体制が組成されたが、経営理念策定タスクフォースと異なり狩井はメンバーには入らなかった。それぞれの管掌役員である小里と伊達に一任する形で検討は進められ、狩井は役員会などで定期的に報告を受けるのみであった。経営理念は社長が引っ張るが、それ以外についてはこれまで通り、担当に完全に委ねていく。新参組も狩井のマネジメントの在り方を少しずつ感じ学んでいった。
  外部から登用された部門長も、生え抜きで抜擢された部門長も、2カ月ほど経つとレッディ社内での仕事の手応えを掴みつつあった。思い返せば新体制に移行した10月1日、彼らは狩井から全社員に紹介されることもなく、どちらかというとかなり静かな船出であった。しかし静かだったからこそ肩の力が入りすぎることを防げ、誰もが自分のペースで落ち着いて新たな仕事に向き合うことができた。しかも経営理念策定タスクフォースを通じて、部長以上は皆が顔見知り以上の仲だ。何かあればすぐに相談もでき、ランチなどで気軽に相手の意見を聞ける。これは特にヘッドハンティング組には有難かった。
  気張りすぎずに仕事に向かい、何かあればいつでも相談できる部門長以上の繋がりがある。そんな環境下で彼らは着実に自信を深め、少しずつ踏み込んで、自らのアイディアを部下に発信するようになってきた。そしてそのタイミングを待っていたかのように、狩井は新たな取り組みに着手した。

社員への伝え方の工夫

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