M&A専門誌マール

2017年11月号 277号 : M&Aストーリー

新興市場M&Aの現実と成功戦略 第31回 『外部の血を入れるということ』 有料記事です

 神山 友佑(デロイト トーマツ コンサルティング パートナー)

【登場人物】(前回までのあらすじ)

  三芝電器産業の朝倉俊造はインドへの赴任を命じられた。1年半ほど前に買収したインドの照明・配線器具メーカー(Reddy Electricals)への出向である。
  インド固有の課題に悩まされ、そして創業家側の旧経営陣との軋轢を生みながらも、朝倉の先輩である日本人出向者達は、生産革新や流通改革に矢継ぎ早に取り組んでいった。
  朝倉の赴任も数カ月を過ぎた頃、インド全国への視察を終えた営業管理担当の小里陽一が本社に戻ってきた。そして小里のサポートを命じられた朝倉に対し、「代理店制度の廃止に加えて、抜本的な営業改革を断行したい」と言い放ち、朝倉にボード・ミーティング向けの企画書を作成させた。
  苦労しながらも何とか企画書の承認を勝ち得た朝倉は、すぐに改革を走らせようとする。しかし三芝電器には直営営業所の営業ノウハウが存在しない。本社からのサポートを得られなかった朝倉は、新入社員当時に実習で派遣された故郷の諫早電器店に電話した。そして10年以上前に研修で世話になった店主から、県内で優秀系列店として有名だった佐世保電器店の岩崎を紹介された。岩崎は腹心の古賀を連れてムンバイの地に降り立った。そしてレッディ社の直営店舗に対する、岩崎と古賀からの非公式な教育が開始された。
  そんなある日、本社に戻った朝倉は営業担当取締役である小里に声をかけられ、目下の営業改革について議論が始まった。議論は狩井宅での恒例の合宿議論に持ち越され、最終的に本社から投資を呼び込む手段としてコモンウェルス・ゲームズが活用されることになった。全員が一丸となり本社や関係会社との折衝に取り組んでいる中で、今度は製造管理担当の伊達から狩井に納入部品に関する問題提起がなされた。
  日本では考えられないようなトラブルに日々見舞われていたが、狩井はじめ日本人駐在員は徐々にインドでのビジネスの手ごたえをつかみつつあった。そしていよいよ、一度頓挫した取り組みを再始動させようとしていた。



人事の刷新

  狩井の強い覚悟の下で始まった幹部人員の入れ替えは、10月の組織改編と同時に実施された。社外からヘッドハンティングで獲得した人員は、6月頃からレッディ社に順次入社し、暫定ポストでレッディ社の内情を理解しながら、10月以降のそれぞれの戦略を思案してきた。またその裏側で、これまで重要なポストについていたにもかかわらず、10月以降はその役職から外されると伝えられたレッディ社生え抜きの管理職は、社内で様々な衝突や問題を生じさせていた。
  組織替えと人事異動を伝えられた面談で、怒りを爆発させて強く異議を申し立てたり不満をまくし立てる者もいれば、事前に状況を察知し、面談自体を拒否し逃げ回る者もいた。またこれまでの報酬面での待遇が維持されることを条件に新たな部門への異動は合意したものの、その後に新任者への業務引き継ぎや会議参加を拒む等、大なり小なりの抵抗は幅広く見られた。
  狩井ら経営陣が当時最も恐れたのは、組織的なサボタージュである。異動を明示された役職者が自分の部下を巻き込んで職場放棄を行ったり、組織改編に必要な実務的な打ち合わせをボイコットする等の行動である。実際にいくつかの職場ではそのような行為が見られた。しかし長続きすることはあまりなく、結果的にそのような行動を陽動した役職者がかえって孤立する結果となった。役職者への面談と前後して、各領域の管掌役員が現場のキーマンを各個撃破するというコミュニケーションが奏功したのと、もともと異動対象の役職者はローカルから見てもさほど求心力が高くなかったという事情もあった。
  本社と製造部門を中心に、様々な混乱が3カ月ほど続いた。一方で既に代理店制から直販体制への切り替えという改革を経験済みであり、さらに今回の組織替えで外部人員の登用は結果的にゼロとなった営業部門では、何の混乱もなく10月に向けた顧客対応が粛々と進められた。直販体制への切り替え時には、顧客離反等の様々なリスク対応に追われたが、当時最前線で奔走してくれたローカルメンバーや代理店からの移籍組が、今回の組織変更時に動揺することなく、小里と一枚岩となり顧客対応等を進めてくれた。これは狩井はじめ経営陣にとって、大きな安心感となっていた。多少社内がガタガタと揺れようとも、顧客回りが混乱なく盤石であればビジネスが大きく傾くことはない。もし社内と顧客基盤とが同時に揺れ動くことがあれば、腰を据えた改革など実現できるはずもない。
  8月も終わりになると、本社と製造部門の混乱もほぼ沈静化し、管理職の多くは10月以降の新組織体制に目が移っていた。これまで不確かな点があった組織図や組織規程も全面的に刷新されたものが準備され、それに合わせて指揮命令権や決裁権、さらに現場に近いレベルでの会議体や日報等の報告帳票の一部も改変が行われた。
  そして様々な混乱を乗り越えながら新任者への業務引き継ぎも無事に完了し、レッディ社は大きな組織改編と人事刷新の実行日となる10月1日を迎えた。三芝電器産業による買収から、1年半以上の月日が流れていた。

3つの約束

  10月1日の朝、狩井は本社で臨時の総合朝会に出席すると、そこで新体制発足の挨拶を行った。しかし挨拶はいつもと変わらぬ程度の短い時間で終わり、新たに新ポジションに登用された幹部社員の紹介等は行われなかった。いつも通り柔和な雰囲気ではあったが、大規模な組織改編の実行日ということでいつもと違う何かを期待していた従業員にとっては、拍子抜けするほどあっけなく狩井のスピーチは終わってしまった。
  しかし熱を帯びない、いつも通りの穏やかなスピーチの中で、狩井は従業員に対して3つの重要なマイルストーンを発表していた。

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