M&A専門誌マール

2017年5月号 271号 : M&Aストーリー

新興市場M&Aの現実と成功戦略 第25回 『M&A後の投資の現実』 有料記事です

 神山 友佑(デロイト トーマツ コンサルティング パートナー)

【登場人物】(前回までのあらすじ)

  三芝電器産業の朝倉俊造はインドへの赴任を命じられた。1年半ほど前に買収したインドの照明・配線器具メーカー(Reddy Electricals)への出向である。
  インド固有の課題に悩まされ、そして創業家側の旧経営陣との軋轢を生みながらも、朝倉の先輩である日本人出向者達は、生産革新や流通改革に矢継ぎ早に取り組んでいった。
  朝倉の赴任も数カ月を過ぎた頃、インド全国への視察を終えた営業管理担当の小里陽一が本社に戻ってきた。そして小里のサポートを命じられた朝倉に対し、「代理店制度の廃止に加えて、抜本的な営業改革を断行したい」と言い放ち、朝倉にボード・ミーティング向けの企画書を作成させた。
  苦労しながらも何とか企画書の承認を勝ち得た朝倉は、すぐに改革を走らせようとする。しかし三芝電器には直営営業所の営業ノウハウが存在しない。本社からのサポートを得られなかった朝倉は、新入社員当時に実習で派遣された故郷の諫早電器店に電話した。そして10年以上前に研修で世話になった店主から、県内で優秀系列店として有名だった佐世保電器店の岩崎を紹介された。岩崎は腹心の古賀を連れてムンバイの地に降り立った。そしてレッディ社の直営店舗に対する、岩崎と古賀からの非公式な教育が開始された。
  そんなある日、本社に戻った朝倉は営業担当取締役である小里に声をかけられ、目下の営業改革について議論が始まった。議論は会議時間では終わり切らず、狩井宅での恒例の合宿議論に持ち越された。



コモンウェルス・ゲームズ

  ブランド価値の毀損を防ぎ、さらには直営店従業員のやる気を強く引き出していく。そのためには店舗の移転と改築に投資をしなくてはならない。小里からのそんな提案は突拍子もなく見えたが、不意に舞い込んだコモンウェルス・ゲームズ(イギリス連邦に属する国々による4年に一度の巨大なスポーツ大会)へのスポンサー参加により、一気に現実味が増した。レッディ社単独では到底投資できる状況にはない。しかし親会社である三芝電器産業本体からカネを引き出し、そしてその中で公正妥当な税務処理を行いながら自らのマーケティングとブランディングに資する取り組みにしていく。狩井から出されたそのアイディアは、翌日からすぐ具体化に向けての検討が始められた。
  誰もが手一杯の仕事を抱えている中で、このような大きな案件が舞い込めば日常業務が滞りかねない。しかし誰もが積極的に日本側との調整に取り組んだ。帰宅時間はさらに遅くなり、もともと日曜日しかない週1回の休みもオフィスに出たり、家での資料作りに費やすことが増えた。冗談めかしては「休ませてくれ」などという声も出たが、小里も井上もきわめて意欲的に本件に取り組んでいた。
  もちろん朝倉も二人をサポートすべく奔走した。スポンサーとしてカネの出し手となる本社のブランド・マーケティング本部と連日協議を行い、またイギリス連邦に属する国々の三芝電器産業の子会社とも電話会議やテレビ会議を繰り返してスポンサーシップへの後押しを取り付けた。そして最大の難関である本社税務チームとも丁寧な議論を繰り返し、井上が懸念していた寄付金贈与のような税務問題もクリアーされた。すべてが目論見通りというわけではないが、何とか2カ月程度の短い期間でグローバルのスポンサーシップ契約締結までに漕ぎ着け、そして懸案であった「大会終了後に不要となる構築物等のレッディ社による有効活用」にも、概ねの目途がついたのは大きな成果であった。

M&A後にはカネが回されない

  狩井の「任せて、任せず」という絶妙なリーダーシップの下で、このように全員が一致団結して物事に取り組むこと自体は決して珍しいことではない。朝倉も赴任以来、期間の長短や深さの程度にはバリエーションがあったものの、日本人出向者の先輩たちが一枚岩で物事に取り組んでいる姿は何度も見てきた。しかし今回のコモンウェルス・ゲームズの件は、何か普段とは異なる熱を朝倉は感じていた。そしてその理由はきっと、「グループのカネを引き出し、レッディ社で活用する」という一事に尽きるのではないかと考えていた。
  レッディ社に限らない話ではあるが、日本企業が新興国で一定規模以上のM&Aを行った際には多くの案件で、「グループからの更なる投資を呼び込み、成長を加速させる」という目論見が掲げられる。しかし実際にどの程度それが実現できているのだろうか。M&Aには・・・

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