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2015年08月26日(水)

「M&A入門」~M&A戦略立案からPMIまで~

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第3部 「PMI」 第7回「なぜPMIが難しいのか」

 飯塚 洋平(プライスウォーターハウスクーパース マーバルパートナーズ(現PwCアドバイザリー合同会社) シニアアソシエイト)

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はじめに

 M&A入門の本連載は、いよいよ今回から最終章の「PMI」に入ります。

 PMIとは、Post Merger Integrationの頭文字をとったもので、M&A成立後の持続的成長を実現させるための統合プロセスのことです。

 条件交渉や手続きで喧噪の渦にあったエグゼキューションのステージは、最終契約を締結する段階で一旦収束します。その後がPMIですが、PMIのステージは、『国境の長いトンネルを抜けると雪国であった』という川端康成の小説が思い出されるくらい、買い手や対象会社にとって世界がガラッと変わるものです。喧噪のエグゼキューションが第一幕だとすると、第二幕は「混沌と空白」のトンネルにある移行期、平時がやってくるのは第三幕になってからです。

 昨今は、資産獲得を目的とした買収よりも、人そのものが付加価値創出の源泉となるM&Aが増えています。「混沌と空白」のトンネルで最も大きな影響を受けるのは、現場の人たちです。貴重な経営資源の一つである従業員のモチベーションを高く維持するためには、第二幕を出来るだけ早く幕引きさせ、第三幕にスムーズに入っていくことが必要です。

 そこで今回は、エグゼキューションからPMIへの移行期に買い手および対象会社では何が起きているのか、なぜPMIは難しいのか、第二幕移行期特有の構造について解説します。今回に続く第8回ではPMIの具体的な進め方、第9回(最終回)はセカンドPMIについて解説します。セカンドPMIとは、過去失敗したPMIに再度チャレンジするPMIのことです。

買い手にとっての移行期

 エグゼキューション後の移行期には、多くの場合、「対象会社」は「子会社」へ、「買い手」は「親会社(株主)」へと位置づけが変わります。それに伴い、買い手は「買収する」から「経営する」へ、大きくスタンスを変えなければいけません。しかしながらこの移行は、買い手にとって実はそれほど簡単なことではありません。

[ 起こりがちな事象 ]

 多くの日本企業にとって「買収する」ことは、平時のルーティンワークの一つではなく、まさに有事であり、投資銀行や証券会社、弁護士や会計士、その他のDDアドバイザーなど、多様な外部専門家がエグゼキューションを支援します。しかし最終契約が締結されると、これらの外部専門家たちは「お役御免」になるわけですから、契約締結後一斉に離れていきます。

 ほとんどのケースにおいて、外部専門家とともに、厳しい交渉の最前線で一つひとつの手続きに気が抜けなかった買い手は、契約書が締結される節目で、ホッと一息つきます。大規模案件や、何度も暗礁に乗り上げそうになったディールであればあるほど、安堵感は大きいものです。M&Aにおいて、契約締結はゴールではなくスタートラインなのだと頭では分かっていても、どうしてもゴールに感じるものなのです。

 最終契約が締結されると、買い手社内では役者の顔ぶれが交代します。エグゼキューションでM&Aを推進するのは経営企画部や専門の投資チームであっても、PMIに入ると、子会社との接点は現場の事業部やPMIの推進チームに移管されることが多いものです。ですからエグゼキューションの大役を終えた経営企画部が契約締結をゴールと感じることは無理ないことなのかもしれません。PMIの推進チームの役割やメンバーの選任における留意点などについては、第8回で解説します。

 しかしながらこの移管が実は曲者で、役者が変わるとストーリーのテンポや音楽が変わり、気がつくといつの間にか舞台裏で買い手社内に多くの不協和音が生まれています。「買収したと突然言われても…買収目的が分からない、経営企画部の現場感覚のなさには全く呆れる」と言い出す現場の事業部。対する経営企画部は「事業部は既存ビジネスの延長線上でしか物事を考えていない…」とソッポを向く。経営陣や経営企画部がM&A戦略立案の段階で描いていた思想や狙いが、現場の事業部やPMI推進チームにきちんと継承されていないのです。

 このようなギャップがあることは、買い手社内の問題とはいえ、子会社となった対象会社に非常に大きな負担をかけることになります。

 もっと深刻な不協和音は、事業計画をめぐる認識の齟齬です。エグゼキューションの期間、買い手は、対象会社から入手した事業計画にM&A後に期待できそうなシナジー効果を加味して、買い手目線の事業計画を作ります。買い手社内では、この事業計画に基づいて経済性を検証し、社内稟議を通すわけです。この流れ自体、特段の違和感はないように見えますが、実はここに不協和音が生まれる背景があります。

 買い手の社内論理からすると、子会社となる対象会社には、クロージング後、稟議を通したその事業計画を実行してもらわなければならない。しかし実際にその事業計画作成を主導したのは、エグゼキューションを担当した買い手の経営企画部です。この事業計画は、エグゼキューション期間中にDDで開示された限られた情報をもとに作成されています。

 他方、自分が作ったわけではない事業計画に沿って事業を運営するように言われた対象会社は「この事業計画の前提自体が現実的ではないのに…」、「こんな理不尽な計画を勝手に作ってもらっても…」と不満が鬱積します。ただ、子会社という立場ですし、信頼関係がまだできていない時期ですから、この時点で親会社(株主)にたてつくような事は言いにくい。そうは言っても無理な事業計画はどう転んでも実現されない。「こんなはずではなかった…」と悩む子会社の経営陣に同情するようになった買い手のPMI推進チームは、ディールを推進した経営陣や経営企画部との間で板挟みになっていく。こういう悪循環が起こるのです。

[ 対応の方向性 ]

 ではこのような不協和音を生み出さないためにはどうすればよいのでしょうか。例えば、M&A戦略立案やエグゼキューションに関与してきたメンバーのうち最低1人はPMI推進メンバーに残す、などの対策をとることがまずは求められるでしょう。そもそもPMIは、単純な情報の引き継ぎだけでは細かな情報や根柢の思想の部分まで共有するのが難しいものなのです。

 さらに、移行期に入ってすぐにセカンドDD(DDのやり直し)を行うことも悪循環を回避する効果的な手法の1つです。実際に現場を回すPMI推進メンバーが中心となってセカンドDDを行えば、事業計画が自分のものとして感じられることに加えて、エグゼキューション時点で想定した前提を見直すことができます。契約締結後に得られる情報は、量・質ともにDDの時点とは雲泥の差がありますから、計画の精度が向上します。また、事業計画を作成し直す過程で、エグゼキューション時にDDを担当した経営企画部と内容に関するコミュニケーションをとることによって、PMI推進チームのメンバーは、単純な引き継ぎに比べてはるかに多くの情報を共有することができます。

対象会社にとっての移行期

 では次に、対象会社ではこの時期にどのようなことが起きるのかを見てみましょう。対象会社では、その「奉公先」が売り手から買い手に移るわけですから、買い手よりもさらに大きな変化に晒されます。特に最終契約締結とクロージング(Day1とも言う)の間は、通常数か月など一定の期間があるのですが、この間は会社として極めて不安定な時期を過ごすことになります。

[ 起こりがちな事象 ]

 それは、この時期に①ガバナンス不在、②リーダーシップの空白、③モチベーションの混沌、という3つの非常事態が同時発生するからです。以下、順を追ってご説明します。

①ガバナンス不在

 最終契約を締結しても、買い手はまだ正式には株主ではありませんので、この時期に親会社(株主)として振る舞うには躊躇があります。他方、売り手は株主の座から降りることがほぼ決まったということで、クロージングまでの間に努力して対象会社の企業価値を上げる努力をする気になれず、逆に次第に対象会社から距離を置き始めます。つまり、最終契約締結時からクロージングの移行期は、買い手は動けない、売り手は動く気がないというガバナンス不在の状況になるのです。その結果、事業戦略上の重要な意思決定は先送りされ、現場が進めようとしていたさまざまな施策の実行は多くが宙に浮くことになるのです。

②リーダーシップの空白

 では、対象会社の経営者はどうでしょうか。

 対象会社が売り手の子会社である場合は、対象会社の経営者は売り手から派遣されていることが多いでしょう。出向の場合、出向者はクロージング後、売り手に戻ることになるでしょうから、多くの場合、戻ってからのポジションが気になり、最終契約後は売り手の方にばかり顔が向き始めます。サラリーマンとしては理解できる心理ではありますが、これは子会社経営のリーダーシップという観点ではいわゆるレームダック状態です。

 次に、対象会社の経営者がプロパーや外部から招聘された経営者である場合はどうでしょうか。こちらの場合、現経営者がそのまま経営者として残るのか、もしくは辞めることになるのかは、基本的には当該経営者の意向と買い手の考え方次第になりますが、買い手側に現経営者に対する配慮が足りないと出向経営者以上に深刻な空白を招く恐れがあります。

 これに関連し、海外企業を買収したケースでの不幸な事例を紹介しましょう。ある海外の会社を買収した日本企業ですが、この会社にはグローバル人材があまりいなかったため、買収した会社の現経営陣に続投してもらう方向で考えていました。しかし何を根拠に続投を意思決定したらいいか分からず、続投の意思決定に時間がかかりました。その間、対象会社の現経営陣は「買い手は自分たちを続投させない考えなのかもしれない」と疑心暗鬼になり、就職活動を始めてしまいました。彼らは新しい就職先が決まりましたが、買い手からは何も言ってきません。そこで痺れをきらした経営者がとうとう「クロージング後に退職する」旨を買い手に伝えたところ、「ええっ!ウチの会社にあの会社を経営できる人材はいないぞ!他を探すと言っても、今からじゃもう間に合わない!」と買い手社内に大激震が走ったそうです。しかしその現経営者の気持ちはすでに新しい就職先に向かっていて…というドタバタ劇です。

 海外では、株主が交代したら経営陣も交代することがデファクトスタンダードになっていることが多いため、DDが始まったとたんに次の転職先を探し始める経営者が少なくありません。そうなってしまったら、在任期間中とはいっても対象会社に対する実際のコミットは弱くなると考えることが自然でしょう。

 このように最終契約締結とクロージングの間は、買い手と現経営者がお互いに様子見の状況になり、リーダーシップの空白が生まれます。やはり重要な意思決定は先送りにせざるをえず、経営が停滞してしまうのです。
 

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